『広告批評』の天野祐吉氏が語ったこれからのマスメディアと広告

土曜の朝方フジテレビでやっている、「週刊フジテレビ批評」という、視聴者からの自局に対する投書を読み上げてそれにお詫びや局としての見解を表明したりする番組。地味に面白くて好きなのですが、今朝この番組に、雑誌『広告批評』の生みの親、天野祐吉がゲスト出演し、マスメディアや広告のこれからを語っておられました。
これが朝から面白かったので、話の内容を箇条書きメモ。
広告批評』といえば、先日「マスメディア広告万能の時代は終わった」という天野氏の言葉と共に、30周年記念号を最後に休刊してしまいました。若かりし頃には非常にお世話になり、面白い雑誌でした。
いやぁしかし、面白くて元気なおじいちゃんだな。好きだなー。

  • 「マスメディア」が終わったわけではなく、「マスメディア万能広告」の時代…テレビにCM出しておけば単純に商品が売れるという時代が終わった。
  • マスメディアという大きな器全体が変わろうとしている。広告だけの話ではない。
  • 「マスメディア」はここ100年?(記憶おぼろげ)くらいで生まれたもの。マスメディアが大衆全体に大量消費、大量生産を促し、ガンガン盛り上げていく装置として機能していた。その大枠の構造自体が今変化してきている。
  • マスメディア広告に関して言えば、Webが出てきたことで、テレビCMに相応しい内容の広告に専念できるという良い面もある。
  • 現代のテレビCMに相応しい内容は、企業のオピニオン・姿勢を示すことである。
  • テレビCM自体が元々、視聴者が番組を見てる途中に割って入るという、暴力性を帯びた構造。「招かれざる客」という性質を持っている。
  • そこで、CM制作者のクリエイティビティが問われる。いかにその暴力性を押さえ、視聴者にとって心地よいものに転化させるか。
  • 広告批評』は長年、そのCMのクリエイティビティの批評者、消費者にとって広告が有益なものになっているかどうかの「見張り役」としてその役割を果たしてきた。
  • マスメディア広告の役割は、企業からの「インフォメーション」「レポート」「オピニオン」を消費者に伝えることにある。
  • そのうち「インフォメーション」、商品についての基本情報は、今はWebで代替できる。
  • 「レポート」、商品の性能やスペックについて、これも雑誌やWebで十分に代替ができる。
  • 残る「オピニオン」を伝える事。これはマスメディア広告に残された役割。企業からのメッセージをいかにクリエイティブに面白い形で伝えるか。
  • 「オピニオン」以外の物をテレビCMで流しても今はもう価値がない。商品情報などの細かいインフォメーションを未だにテレビCMで流しているところは、お金の無駄。売れません。
  • テレビに期待したいのは世界の「今」映す事。チャンネル変えると様々な世界の窓になっている。テレビはそういう媒体であって欲しい。ジャーナリズム。
  • 「今」を映すジャーナリズムは報道番組だけに限らない。例えば「クイズヘキサゴン」のような番組だって、「今」の世相を映している。
  • 水戸黄門』のような、時代劇。古い事に価値を置いているものは、テレビでなんでやり続ける必要があるのかわからない。あれをやっている限り、テレビは世界を見る窓を閉めている。
  • テレビの役割はやはり「今」を映すことだ。ジャーナリズム。今のテレビにはその姿勢が足りない。テレビジャーナリストが育って欲しい。
  • テレビは今までの殻を破って変化をする必要がある。番組の間にコマーシャルを流すという形式にも捕われる必要はない。もっと変化していくべきだ。(この辺もおぼろげ)
  • CMや時間終了で打ち切られることもなく、話が終わるまで話させてくれるといいよね。
  • 「(アナウンサー)この番組もあと30秒ですが…」
  • ほら、こういうのを変えなきゃ。
  • 「(アナウンサー)これがテレビです。」
  • ほら、そういうのがダメなのよ…

(番組終了)

かなり、記憶がおぼろげだったので、途中結構勝手な言葉で繋いでしまったかも…ごめんなさい。

以下、感想などつれづれに。

水戸黄門回りの話はちょっと強引かもしれないが…

いや、個人的にはこういう論調は刺激的でとても好きなんですが、水戸黄門だって「今」を伝えてないわけじゃないし、ああいう予定調和なエンタメって必要。そもそも由美かおるはまだ出ているのか、まだ入浴シーンはあるのかとか、水戸黄門の「今」だって気になる…みたいな話をtwitterでもしてて、一概にテレビの「水戸黄門」否定は、ちょっと話急かもしれないと思いました。それについては、多分下記のような文脈の話なんではないかと考えています。

多くの人とそれを一緒に見ているのが「今」であることに価値を置けるコンテンツなのかどうか?

という意味で水戸黄門は違うんじゃないか、ということなのかなぁ、と。

例えば、月曜夜8時から、必ずしも「水戸黄門」を見なければいけないわけではない。普通に仕事してるし、用事あるし、別にYouTubeでもニコニコでもいいから、自分が見たい時に見たいんです。

こういったニーズは年々大きくなり、それが視聴率の低下にも表れている中で、どうしてテレビは今だ「水戸黄門」を月曜夜8時から放映することに固執してるのか?そして、自分たちが作った過去のコンテンツと競いながら、ネタ切れとマンネリと予算低下の中でコンテンツを量産するのであれば、過去の番組をオンデマンドで、ユーザーが観たいときに観たいだけ観られるような仕組みを早く整える方が急務。そうすることで、テレビはテレビにしかない価値を生む事に全リソースを投入すべきだ。…ということなのかなぁと、私は捉えて納得してました。
(しかし、現状月曜8時に水戸黄門がテレビでやらなくなったら、多分ウチのおばあちゃんは困ると思うので、その辺も考えないとだよなぁ。)

テレビにしかない価値って何だろう。「今」を伝えることの意味。

天野氏は何度も、テレビの役割は「今」を伝える事だとおっしゃってましたが、それについて考えてみたい。
マス広告の役割が、「オピニオン」を伝えることだけに絞られて行った背景には、他の役割がWebやその他のメディアで代替可能だということがありました。同じ文脈で考えるなら、テレビも動画サイトや雑誌、映画、DVDなど、他のメディアで代替可能な領域は遅かれ早かれ食われてしまうことになる。少なくともオンデマンドで見てもさほど価値の減らないコンテンツというのは、もうテレビの領域ではない、ということになってしまうのかもしれない。そう考えるとだいぶ食われてしまいそうですが、それでも残る価値って何だろう。
一つは、「多くの人」がそのコンテンツを同時に「今」見ている、それこそがテレビに今現在残された最大の強みなのではないかと思います。(それもいつか失われてしまうのかもしれませんが)その点では、今のところテレビはまだ圧倒的に優位な最強メディアだ。同じような機能を持つニコ生だって到底勝てない。
とすると、自らの強みを生かし、「今」この瞬間に多くの人と一緒に見ていることに価値を見いだせるコンテンツを作り、提供することに注力しなければ、テレビはその価値を自ら下げてしまうことになる、ということだと考えます。(この誘惑の多い時代、今観る必要がないものは、時間を割いて誰もわざわざ観ない→視聴率下がる。)
「今」観る必要があるもので、一番イメージしやすいのはやはりニュース番組をはじめとする報道系の番組です。私の場合、大体twitterで何か大きな事件があったことを知って、テレビを付ける。やはり、「今」この瞬間を知りたい時の一次情報として一番頼りにしてるのは最後にはテレビです。
スポーツ観戦なんかも、まだテレビで観たいよなぁ。あと流行廃りが激しく流行語を常に作り出してるようなお笑いなんかも、まだまだテレビの領域って気がします。同じ時間を過ごした事を知らない人とも共有できるくらいその瞬間瞬間のインパクトが大きい、鮮度の高さがが問われるような分野はもうしばらくテレビが頑張りそうな気がします。

「オピニオン」はテレビCMじゃないとダメですか?

「オピニオン」という言葉の意味に対して齟齬があるかもしれないので自信ないのですが、私は「ブランディング」広告であると解釈しました。
Webにだって、立派なブランディング広告もあれば、企業のCSRを世の中に投げかけている優良なコンテンツもある。企業のオピニオンを伝えることもWebで不可能ではないと思います。
しかし、クリエイティブ力の高さやノウハウ、それらが作り出すもののメッセージ性の高さ、何よりテレビの持つ圧倒的なメディア力が叶える注目度の高さで言うと、やはりまだ全然テレビの方に分がある。
ただ、本当にメッセージ性を高め、消費者の心を打つ形で「オピニオン」を伝えようと思った場合、あの短いCMという形式は本当に最適なのだろうか?とも疑問。
最近特にテレビを殆ど観なくなって久しいので古い例かもしれないですが、例えばTBSのソニーの「世界遺産」などは、「良質な番組を美しい画質に拘ってつくる会社、ソニー」ということを実感させる番組そのものが、CM抜きでも十分ソニーブランディング向上に一役買っていたと思います。
今後、もしかしたらテレビ広告も従来のようなスポットCMの形に捕われず、番組に協賛してタイアップすること自体を主な広告価値としたり(企業名冠したりとか。シルクドゥソレイユや、ディズニーランドのアトラクションなどのスポンサードと似てるかもしれないが、コンテンツが有料販売出来る場合にしかこういうのは今のところ成り立ってないのかな…。ちゃんと調べたことないです。今度調べてみよう。)、また企業が放送枠自体を買い取り、自らの理念をエンターテイメントに落とし込んだ形で番組自体を制作しメッセージングするような新しいテレビ広告も登場するのかもしれないなぁとちょっと妄想膨らませてしまいました。…が、これは一歩間違えると普通にやらせになってしまいそうなので、制作者と広告主企業に高いバランス感覚とモラルも問われそうです…。

私にとって、一番身近な「今」を知る手段はtwitter

twitterは色んな人の「今」で常に溢れています。それ自体がとても面白いのですが、さらに何か大きなニュースがあるとさらにタイムラインがそのニュース一色になります。その臨場感ときたらエキサイティングです。(ちょうど昨日のお昼頃は勝間和代さんのtwitter参入で、勝間さん色に染まってました)
対面していない不特定多数の人々と「今」を共有する事に対してこんなにも意識を注がれたメディアはtwitterおいてかつてないかもしれません。私にとってtwitterは一つのマスメディアになってるんじゃないかなぁという気がしてたまにちょっと怖いくらいです。
tsudaる」(twitterで講演等の発言や内容を現場から客観的に実況すること)という言葉の主、津田大介氏が「tsudaる」事について語っているインタビュー記事がとても興味深く、ジャーナリズムと「今」を共有する事の関係について考えさせられました。

政治や社会を変える発火点になる:日経ビジネスオンライン

ブログだと自分の論法も入れないと、ジャーナリズムにならないじゃないですか。でも、Twitterであれば、1次情報を伝えるメディアとしての価値がある。素人でも参加しやすい。

自分もほかの人の中継を見て分かったのですが、わずか30秒や1分のタイムラグで現場で起きている生の情報が入ってくる臨場感が大きい。後でまとめてリポートを読むのとは、やはり違うんですよね。

なるほど、そうか。津田氏は、tsudaるには「主観や個人的な感想を排して、だれが発言した内容かわかるようにすべし」という手法に幾度となく言及されてましたが、あれは一次情報としての価値を下げないため、それに気をつければ素人でも「今」を伝えるジャーナリズムとして成立得るという理念のもとでのことだったのですね。やはりすごい人…。
この辺、個人的にとても興味深く、もう少し掘り下げて考えてみたい。

ちなみに、この番組がテレビでやってた時にも密かにtsudaりに初挑戦してみたのですが、Macがフリーズしてしまい全然無理でした。いや、フリーズしなくても厳しかったなぁ。聞きながら文章にしながらタイプしながらって、思ってた以上に大変…。

と、話が一周したところで…。あぁ、また長くなってしまった…



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